奈良田おぼこ作家二人展に行った感想
梅雨の晴れ間の休日、富士川クラフトパークで開かれていた「奈良田おぼこ作家二人展」に行ってきました。
富士川クラフトパークはいつ訪れても、自然がいっぱいで、なによりその広さに圧倒されます。
残念ながら、バラ園の見頃は終わっていましたが、背景の山々の緑がとても清々しく、深呼吸すると身体中に新鮮な酸素が染み渡るような気がしました。
今回の訪問は、クラフトパーク内の富士川観光センターで開催中の「おぼこ人形」の展覧会が目当てです。
山梨に長く住んでいますが、おぼこ人形とは初めて耳にする名前。一体どんな人形なのだろう、と興味津々で訪問しました。
入り口では、主催している木版画家のいしだふみこさんと、大きなおぼこ人形がお出迎えしてくれました。
奈良田おぼこ人形は、早川町奈良田集落に古くから伝わる、桐の木彫りの人形のことです。
奈良田では、女の子が生まれた翌年の小正月のお祝いに「おぼこ人形」を送る風習があったとのこと。農業の副業として、桐の下駄作りをする家が多かったために、そのときに出た廃材を、人形作りに利用したそうです。
もちろん昔は今のように彩り豊かなものでなく、墨を使った白黒の単色の人形でした。それでも、その人形に込められた赤ちゃんを見守る人々の優しい思いが彩を添え、代々受け継がれていきました。
おぼこ人形は、昭和35年に奈良田の生活用具として、山梨県の指定民芸品になりましたが、その後、技術を継承する人が少なくなり、地元在住の深沢作一氏がひとり、50年以上手作りの作品を作り続けてきました。
東京都出身の、木版画家・いしだふみこさんは、四年前におぼこ人形に出会って、すっかり魅了され、その後、一年かけておぼこ人形作家の深沢作一さんを探し出しました。
そして、この技術を絶やしてはならないと、わざわざ東京から早川町に移住、作一さんに師事したそうです。
奈良田では、おぼこ人形の作り手は、代々男性が継承していたようですが、いしださんの熱意にほだされて、作一さんも女性の弟子として初めていしださんを迎え入れました。
おぼこ人形の展示室には、昔からの技術を継承してきた深沢さんの作品と、現代風のいしださんの作品とのコラボレーションとともに、いしださん本職の木版画も合わせて展示してありました。
師匠の深沢さんの人形は、大胆な切り口ですが、顔は穏やかな表情で、朴訥のなかにも温もりのある作品。本人を知らない人にまで、作者の人柄を偲ばせる人形です。
一方、弟子のいしださんの作品は、師匠の技術を忠実に継承しながらも、着物の柄を現代風にしたり、小道具を肩に止まらせたりと、ちょっとした遊び心が見え、見る人の心を和ませてくれる作品でした。
特に、ドールハウスに収めた人形たちは、実に細かいところまで精巧に作られています。
これは、以前ドールハウス作家にも師事していたいしださんが、おぼこ人形をもっと多くの人に知ってもらおうと発案したもの。
さらに、地元山梨でもあまり知られていないおぼこ人形を、県内いたるところのお店に飾ってもらい、おぼこ人形とともに山梨を旅しようと一軒一軒訪ねては、作品を作って差し上げているそうです。
また、いしださんの木版画の展示も、とても温かみのある心に残る作品たちでした。
絵のモデルは、いしださん自身が自宅で飼っている、文鳥や猫がほとんどで、一枚一枚に物語性があり、まるで夢の世界に誘われるようです。
私は版画といえば、かつて学校で習った、黒一色の単色刷りしか知らなかったので、その柔らかな色調に、思わずパステル画かなと見間違ってしまいました。
そんな人のために、多色刷りの木版画の作り方を、道具の刷毛や筆の一本一本まで手作りし、解説した作品が展示してありました。
デッサンから始まり、版木に写し、色版ごとに版木を彫り、色付けをし、見当をつけながら重ねて刷りあげて、やっと仕上がる木版画。
彫刻刀はもちろん、刷毛だけでも何種類もあります。重ねて刷り上げる工程の中で、微妙な色合いの変化が生まれるそうです。
いしださんは、かつては油絵やパステル画も手がけていたそうですが、一枚一枚その都度違った絵に刷りあがる版画の魅力に取り憑かれ、木版画家に転向したとのこと。
繊細な感性と技術が集約された木版画家の眼だからこそ、一見単純な作りに見えるおぼこ人形の裏の、磨き抜かれた技術を見いだすことができたのかもしれません。
そこには、独特の風習を脈々と紡いできた奈良田の人々の暮らしまでも、温かく見つめる優しい眼差しが感じられ、改めて、いしださんとおぼこ人形の邂逅に感謝の思いが湧いてきました。
自然豊かな早川町で、文鳥や猫に囲まれながら制作活動に勤しむいしださんの生活に、羨ましささえ感じながら、今度はそんなおぼこ人形のふるさとを訪れ、現地で再びおぼこ人形と出会ってみたいなあと思いながら、会場を後にしました。