Yamanashi / Japan
美術館めぐり

日本美術の原点として土器や土偶を見る『縄文展』

日本美術の原点として土器や土偶を見る『縄文展』

山梨県立美術館山梨県立美術館

朝夕めっきり涼しくなってきた九月の中旬、甲府市の山梨県立美術館で開催中の『縄文展』に行ってきました。

画像 : 山梨県立美術館 縄文展

山梨県は、縄文遺物が数多く出土し、全国でも「縄文王国やまなし」として有名です。しかし、これまでは主に博物館での展示が多く、美術館で大きく取り上げられることはほとんどありませんでした。

山梨県立美術館美術館入口前、縄文展

今回、山梨県立美術館では、縄文時代の土器や土偶を「日本美術の原点」と位置づけ、さらに、四十年以上に渡って縄文遺物の撮影を続けてきた写真家の小川忠博氏の作品とコラボレーションすることにより、縄文遺物を美術品として見直す展覧会が開催されました。

縄文展の展示は、プロローグからエピローグまで、以下の五つの章に分かれています。

  1. プロローグ〜THE “JOMON”
  2. COOL“JOMON”〜KAWAII
  3. COOL”JOMON”〜UTSUKUSHII
  4. COOL“JOMON”〜KAKKOII
  5. エピローグ〜展開された“JOMON”

この章立ては、出土した時代区分によって分類されたものではなく、「縄文遺物の美術的感性」に光を当てた括りになっているということ。また、小川忠博氏の写真との組み合わせで、会場全体が縄文時代の独特の世界観に溢れていることで、これまでにないような新鮮な展示になっています。

フラッシュや三脚などを使用しなければ、全ての作品が撮影可能だったので、以下、土器などの写真も交えながら縄文展の紹介を行いたいと思います。

プロローグ〜THE “JOMON”

山梨県立美術館縄文展 入り口

縄文展の会場に入り、まず最初に目に飛び込んでくるのは、大きな遺跡の写真パネルです。

縄文展小川忠博氏撮影 大湯環状列石(秋田県)

これは、小川忠博氏による、秋田県大湯環状列石おおゆかんじょうれっせきの遺跡の写真で、時代は縄文後期のものです。

右側に配置された巨石と、靄に包まれた遠くの森の前に広がる円形の遺跡が独特の雰囲気を放ち、一気に縄文の世界へといざなわれます。

さらに歩みを進めると、もう目の前には、ガラスケースに入った縄文土器が展示され、ぐっと引き寄せられる感覚になります。

縄文時代は、今から約一万六千年前から二千八百年前まで、およそ一万年続いたと言われています。

プロローグでは、縄文時代の長い歴史のなかで、様々な変容を遂げた縄文土器の変遷の概略を辿っています。

縄文展深鉢型土器 花鳥山遺跡 前期 <山梨県立考古博物館>

縄文展深鉢形土器 上の平遺跡 前期 <山梨県立考古博物館>

縄文時代前期に造られたとされる、笛吹市花鳥山はなどりやま遺跡や、甲府市上の平うえのだいら遺跡から出土した深鉢形ふかばちがた土器です。

深鉢形土器とは、火にかけることができる深形の土器で、それ以前は、採取した木の実を生でしか食べることができなかったのが、火を使うことによって、木の実だけでなく動物や魚の肉も、煮たり焼いたりして食べるようになり、食生活が大きく変化しました。

よく見ると、土器の胴部に煤けたような色がついています。

これまで貯蔵用や盛りつけ用だった土器を、煮炊きをする鍋としても使用するようになったこと、やがて、そこに様々な文様を施すようになっていったことを考えると、縄文人の発想の柔軟性と巧みな創造力に驚かされます。

二つの土器を見てみると、口の部分はとてもシンプルで、一見荒削りのように見えますが、その均整のとれた形、土器の周囲に巡らされた細かな網目模様には、繊細な感じさえ受けます。

こんなに素敵な土器を炉に焚べて、ぐつぐつと煮込んだ器のなかを覗き込でいる人々の様子を想像すると、これまで縄文人に抱いていた原始的な生活スタイルとは、大きくかけ離れた印象も抱くようになります。

土器の文様は、縄文時代の名前の由来となっている縄を押し付けて装飾された文様が多いですが、縄目だけでなく、爪で模様をつけたり、植物や動物の骨、貝殻を使って模様を装飾するなど、実に多種多様です。

そして、縄文時代も中期になると、その装飾が徐々に豊かになっていきます。

縄文展重要文化財 日本遺産 深鉢形土器 酒呑場遺跡 中期中葉 <山梨県立考古博物館>

縄文展重要文化財 日本遺産 深鉢形土器 酒呑場遺跡 中期中葉 <山梨県立考古博物館>

北杜市の酒呑場さけのみば遺跡から出土した、これらの深鉢型土器は、重要文化財・日本遺産に指定されています。

口縁の部分は、前期の土器よりも造形が細かくなり、土中に埋める部分が細身になって、実用性のなかにも、ますます技巧が凝らされたものになっています。

縄文展深鉢形土器(水煙文土器)北原C遺跡 中期後葉 <南アルプス市教育委員会>

この土器は、深鉢形のなかでも水煙文すいえんもん土器の特徴を持っています。水煙文土器は、縄文時代中期以降に、八ヶ岳山麓から甲府盆地に多く出土しています。

縄文土器というと、有名な炎を象った火炎型土器を思い浮かべますが、この水煙文土器は、火にかけた土器から立ち上がる湯気を思わせ、突起の部分の文様が柔らかな渦巻きや曲線で描かれ、激しい炎を表したような火炎型土器とは少し趣が違って見えます。

縄文展深鉢形土器(埋甕)宮の前遺跡 中期後葉 <山梨県立考古博物館>

深鉢形土器のなかで、後に地面に穴を掘って埋めたものを埋甕うめがめと言います。

埋甕とは、縄文時代中期以降に広まった風習で、土器としての役目を終えた深鉢形土器に、亡くなった子どもの骨や胎盤を納めて住居の入り口付近の土中に埋め、その上を人が踏んだり跨いだりして、生まれてきた子どもが丈夫に育つように願ったと言われています。当時は子どもが無事生まれ、大きく育つことが極めて稀だったのでしょう。

縄文人にとって、死とは日常生活の生の延長上にあり、のちの時代のように忌み嫌うべきものではなかったことも想像できます。

いずれにしても、食料や水の貯蔵用として使われていた土器が、やがて煮炊きをする道具として用いられ、さらには装飾を施すことによって祭祀に用いられたり、最後は棺桶の役割を担ったりしたのです。

後期になると、東日本を中心に、注口ちゅうこう土器と言われる、現在の急須に似た形の土器が現れてきます。

縄文展

縄文展注口土器 金生遺跡 後期 <北杜市教育委員会>

これは、北杜市の金生きんせい遺跡から出土された注口土器です。液体を注ぎやすいようなしっかりとした注口、胴体の形も均整のとれた美しさがあり、前期の頃の土器の様子とは随分違って見えます。

最初の印象として、日常的に使用するに当たり、より使いやすい洗練された土器が造られるようになったのかなと個人的には思ったのですが、大きさもそれほどではなく、その入念な造作から、どうやらなにかしらの特別な儀礼に使用されたのではないかと言われています。

また、この時代、既に山ぶどうなどの糖分の多い果実が発酵してできた果実酒があり、その酒の容器が注口土器ではないかという説もあります。

もしそうだとすると、山梨のワインの歴史は、ひょっとしたら縄文時代にまで一気に遡るのではないかと想像が膨らみます。

小川忠博氏撮影 装飾品や櫛

さらに、この章には、全国の遺跡から出土した石器や骨角器、装飾品や櫛などの小川氏の写真が展示され、縄文人の暮らしぶりが、より真実味を帯びて迫ってきます。

小川忠博氏撮影 骨角器

COOL“JOMON”〜KWAII

近年、日本文化の起源のなかで、注目されているキーワードに、「かわいい」という感性があります。その美意識は、すでに縄文時代に誕生していたということがよく分かるのが、この章の展示物です。

縄文展重要文化財 日本遺産 土偶 一の沢遺跡 中期中葉 <山梨県立考古博物館>

縄文展土偶 石之坪遺跡 中期中葉 <韮崎市教育委員会>

縄文展山梨県指定文化財 日本遺産 深鉢形土器(顔面把手がんめんとってつき土器)海道前C遺跡 中期中葉 <山梨県立考古博物館>

これらの土偶や人面を装飾した土器の、少しつり上がって離れた目と、上を向いた鼻、ぽっかり開いた口の表情は、思わず「かわいい」と呟きたくなるモチーフです。

時代はずっと下りますが、枕草子の「うつくしきもの」の美意識にも通じる、愛らしくて健気なものを愛でる感性は、遥か昔から脈々と受け継がれてきたものなのかもしれません。

土偶とは、縄文時代に造られた土人形のことで、多くは女性を象ったものですが、土偶のなかには男性と思われるものや、とても人間とは思えないものもあり、その正体はいまだ謎に包まれています。

また、妊婦の姿もあることから、安産・子孫繁栄を願ったり、豊作を祈ったりという宗教的な祭祀に使用したのではないかとも考えられています。

出土した土偶のほとんどが意図的に壊されて埋められており、その役目もはっきりとは分からないことが多いそうです。

こうした神秘的な謎も含め、昨今、全国的に縄文時代がブームとなり、土偶にも愛称をつけて呼ばれるなど、愛好家が増え、コンテストも行われるほどです。

山梨でも、南アルプス市鋳物師屋いもじや遺跡の土偶に「ラヴィ」、韮崎市後田うしろだ遺跡の土偶に「ウーラ」といった愛称がつき、マスコットキャラクターになっています。

縄文展重要文化財 土偶(円錐形土偶) 中期 (愛称 ラヴィ) <南アルプス市教育委員会>

縄文展土偶(仮面土偶)後田遺跡 後期 (愛称 ウーラ) <韮崎市教育委員会>

ここでは、小川氏が撮影した、国宝の長野県の「縄文のビーナス」を始めとして、全国の遺跡から出土された土偶や人面装飾の土器の写真も集合し、再生されたユーモラスな土偶たちの大行進さながらです。

縄文展小川忠博氏撮影 右が国宝 土偶(縄文のビーナス)長野県

COOL“JOMON”〜UTSUKUSHII

この章では、「かわいい」という感性から、もう一歩熟成した感じのする「美しい」という表現がぴったりの遺物を集めています。

縄文展小川忠博氏撮影 国宝 土偶(縄文の女神)山形県

小川氏のこの写真は、山形県出土の「縄文の女神」と呼ばれている土偶です。この土偶に表れている、均整のとれたプロポーションが、縄文土器においてもよく見られます。

縄文展日本遺産 深鉢形土器 天神遺跡 前期 <山梨県立考古博物館>

最初に見た花鳥山遺跡から出土した土器と同じような形をしていますが、天神遺跡のこの土器は、胴部がよりシャープな形になり、大きく広げられた口縁が強調され、洗練された美しさがあります。

縄文展深鉢形土器 小屋敷遺跡 中期後葉 <北杜市教育委員会>

小屋敷遺跡のこの土器は、胴部の丸みが自然なカーブを描き、ぐっと細くなる底部に続き、そのバランスは現代的な感じさえ受けます。

よく見ると、ヘビのような文様がつけられ、左右大きさの違う把手の丸みとも相まって、実に均整のとれた美しい土器です。

縄文展重要文化財 深鉢形土器(水煙文土器)釈迦堂遺跡 中期後葉 <釈迦堂遺跡博物館>

圧巻なのは、重要文化財に指定されている笛吹市釈迦堂遺跡出土の深鉢形土器(水煙文土器)に表されている立体的な美しさです。

このような土器を見ていると、もはや土器づくりには専門家集団が存在し、互いにその技量を競い合っていたのではないかとさえ思えてきます。

かつて芸術家の岡本太郎氏が、縄文土器の芸術性に刮目したと言われていますが、「芸術は爆発だ」と謳った現代の芸術家の感性が、一万年の時空を超えて共鳴したのだと思うと、感慨深いものがあります。

COOL ”JOMON”〜KAKKOII

縄文土器は、ゆったりとした時間の流れのなかで造作の変遷を重ね、究極の芸術作品を生み出していきました。

この章では、その完成された造形美を「格好いい」と表現し、まさに“COOL JAPAN”の原点と位置付けています。

縄文展日本遺産 深鉢形土器(水煙文土器)上野原遺跡 中期後葉 <山梨県立考古博物館>

上野原遺跡(上野原市)の深鉢形土器(水煙土器)は、ドーム状の突起部分に渦巻きの模様が連続して飾られ、一体どのようにして作られたのか、周りをぐるりと一巡してしばし見入ってしまいます。

このように装飾性が高い土器は、日常的な道具としてではなく、祭祀に用いられたのではないかと言われるように、神秘性を帯びています。

縄文展重要文化財 深鉢形土器 釈迦堂遺跡 中期中葉 <釈迦堂遺跡博物館>

この釈迦堂遺跡の深鉢形土器は、上部と下部のくびれのバランスがよく、水煙文土器とはまた違った格好良さがあります。

よく見ると、ヘビ状の文様なども見られ、細部に至るまで実に丁寧に作られているのが分かります。

縄文土器には、このようにイノシシやヘビなどを象った文様も数多く見受けられます。栗やクルミなどの木の実だけでなく、仕留めた動物をありがたく食すとともに、このような形で命の供養をしていたのでしょうか。

縄文展深鉢形土器 天神堂遺跡 中期中葉 <甲州市教育委員会>

縄文土器の造形美は、やがてアシメトリーへと昇華していきます。

この天神堂遺跡(甲州市)の土器は、胴部から底部へのくびれが大きく、口縁には、左右非対称の頭部がついています。どちらも、動物を模したような造形が施され、どの角度から見ても新しい発見がある作品です。

縄文展同上の土器

エピローグ〜展開された“JOMON”

エピローグでは、小川忠博氏が開発した写真技術によって、縄文土器の文様の展開写真が展示されています。

手前に本物の土器が、その背景に展開写真が掲示されるという展示の仕方で、見比べながら一つ一つ鑑賞することができます。

縄文展重要文化財 日本遺産 深鉢形土器 一の沢遺跡 中期中葉 <山梨県立考古博物館>

縄文展一の沢遺跡土器の展開写真

この展開写真によって、実物を見ただけでは分かりづらい、人や動物などの装飾、同じ渦巻きの連続とみられる文様も、所々変則的になっているところもよく見え、改めて縄文土器の芸術性とその技術力の高さに驚かされます。

深鉢形土器山梨県指定文化財 深鉢形土器(渦巻文土器)桂野遺跡 中期後葉 <笛吹市教育委員会>

縄文展桂野遺跡土器の展開写真

もしかしたら、遥か太古の昔の世界では、粘土をひねり、形を作り、装飾を凝らし、火で焼いて作品を仕上げた芸術家たちがいたるところにいて、切磋琢磨して作り上げていったのだろうか、などと想像をめぐらせると、古代へのロマンに夢が膨らみます。

人々が自然と共生し、動物も含め、互いの命を慈しみ合い、共同体として平穏な生活を連綿と継承していった時代。研究者によれば、一万年もの長きにわたって、多少の諍いはあったにせよ、大きな戦禍の跡は見られないといいます。

あるときは豊かな恵みをもたらし、あるときは想像を絶するような猛威を奮う大自然を前に、人々は人間同士協力して生を繋ぎとめなければ生き長らえることができなかったのかもしれません。

そう考えると、縄文時代とは、日本文化の原点というよりも、人間として本来あるべき姿の原点であるように思えてなりません。

私たちが彼らから学ぶ智恵は、まだまだたくさんありそうです。

縄文展図録

縄文展縄文展図録


図録には、今回の縄文展で展示された土器や土偶とともに、小川忠博氏の写真も合わせて収録されています。

あとがきに、小川氏本人の文章が掲載されているのですが、縄文遺物との出会いを「ただただ、驚嘆、感嘆、感服」と表現され、芸術家としても著名な写真家を魅了してやまない縄文文化の美術的価値を、この展示を通して初めて知ることができました。

さらに小川氏は、「地を這うような発掘、気の遠くなるような整理、そして精妙な分類・分析の成果である資料」を作成された人々への敬意も重ねて評していました。

完全な形で出土することのない遺物、まるで何千ピースもあるパズルを組み立てるような緻密な労作業の積み重ねがあればこその復元と、そのことも合わせて、感慨深く鑑賞することができました。

レストラン アート・アーカイブス

山梨県立美術館には、「アート・アーカイブス」というフレンチレストランがあり、食事や喫茶をすることができます。

特に、特別展の期間中は、展示に合わせた特別メニューをいただくことができます。毎回、特別展示の内容を観て、シェフがその都度メニューを考案するそうです。

縄文展レストラン アート・アーカイブス

今回は、まだランチタイム(11:00〜15:00)ではなかったので、ココアフロートを飲みました。

縄文展土器の形のクッキーとココアフロート

ココアフロートには可愛らしい土器の形をした手作りクッキーがのっていました。

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なえ
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山梨生まれ山梨育ちのおばちゃん(おばあちゃん)。セカンドライフ。地元山梨の色々な場所を巡りながら感想やおすすめ情報などを書いていきたいと思います。巡るのはまず美術館、それから酒蔵やダムなども考え中です。