Yamanashi / Japan
美術展など

クールベ展『クールベと海』の感想(山梨県立美術館)

クールベ展『クールベと海〜フランス近代 自然へのまなざし〜』の感想

クールベ展山梨県立美術館

中秋の昼下がり、山梨県立美術館で行われていた『クールベと海』展に行ってきました。

紅葉の名所でもある山梨県立美術館は、入り口のイチョウも黄色く色づき始め、いよいよ秋が深まっていく気配が漂っていました。

クールベとは

ギュスターヴ・クールベ(1819〜1877)は、19世紀フランスで活躍した写実主義の画家です。

クールベの生まれは、フランス東部の小さな町オルナン。子どもの頃は、裕福な地主の次男として何不自由ない生活を送りました。神学校で絵画の手ほどきを受け、その後パリで本格的に絵の修行を始めます。

クールベは、それまでの絵画における宗教的な主題や伝統的、ロマン主義的な美術を否定し、自分が実際に見た“あるがまま”の対象の姿を描きました。

その姿勢は、時に社会への視点にも反映され、労働者や農民の現実の生活を描くことによって、旧来の政治体制を批判する前衛的な画家として、スキャンダラスな注目を集めることにもなりました。

しかし、一方で故郷の山々や森や川、そこに棲息する動物たちを描き続け、高い評価も得ています。

特に、山国育ちだったクールベは、22歳で初めて実物の海を見て大感動。その後は「海」を題材とした連作を次々と生み出しました。

そのなかでも、ノルマンディー地方の海岸沿いの町を度々訪問して描いた海は、天候によって刻々と移りゆく空や雲、そして波そのものに肉薄する技法で、のちの画家たちに大きな影響を与えたといわれています。

1871年、パリ・コミューンに参加したクールベは、ヴァンドーム広場の円柱破壊の罪で禁固・罰金刑が科せられ、スイスに亡命。

母国フランスに帰国することなく、1877年、失意のうちに58歳で亡くなりました。

本展『クールベと海』は、クールベの海の絵画を中心に約70点を展示。激動のフランス近代を生き抜いた画家の、自然への深いまなざしを探っています。

展覧会の感想

展示室

この展覧会は、クールベの多くの作品群の中から「海」をテーマに絞り、さらに画家が育った山国の森や川、そこに棲息する動物たちの生きる姿を描いた作品を通して、クールベがどのようなまなざしで自然を捉えていたかを探る構成になっています。

絵画は年代順ではなく、『クールベと海』のテーマを前面に押し出し、観る人をいきなりクールベの自然観へと誘います。

広々とした展示室は次の五つのブースに分かれていました。

Ⅰクールベ以前の海 畏怖からピクチャレスクへ

Ⅱクールベの海 「奇妙なもの」として

Ⅲクールベと同時代の海 身近な存在として

Ⅳクールベと自然 地方の独立

Ⅴクールベと動物

各ブースに、時代背景や、クールベの人生が簡潔に解説され、絵画と合わせて鑑賞していくと、画家の生き方に自ずと導入されていきます。

興味深かったのは、絵画とともに展示されていた19世紀前半の水着の展示。今の水着からすると、コットンやジャージで作られた、まるでワンピースのようなもので、当時の上流階級の人々がこれを着て、水浴びを楽しんだのかと思うと驚きです。

当時、鉄道の発達で海岸地方への旅行が一般化し、海もそれ以前の畏怖の対象から、より身近な楽しむ場所になっていきました。

クールベと同時代の作品として展示されたブーダンの『浜辺にて』という作品を観ると、ツーリズムの普及とともに海が観光地化され、まるでパリのサロンがそのまま海辺に移ってきたのではないかと思われる光景が描かれています。

しかし、クールベの描く海の絵は、そういった人物や、時には船までもが排除され、ひたすらそこにある空と雲と波が描かれていました。

その対比がくっきりと分かり、クールベの海へのまなざしをより一層際立たせています。

展示は、そこからクールベが育った故郷の森や草原などの大自然、また狩猟家でもあった彼が描く動物たちの躍動感あふれる姿、伝統美術の否定に彼が重視したジャンルである女性の裸体像などの作品が続きます。

この女性の裸体像はわずか二点の展示ですが、今回の巡回展では、山梨会場だけの出展とのことなので、興味深く鑑賞しました。

科学の発達や社会主義の誕生、それに伴う世情の変化に翻弄されながらも、故郷を愛し、自然を愛し、一貫してあるがままの姿を描き続けた画家の波乱に富んだ人生を、絵画とともに一気に駆け巡ることのできる凝縮された展示でした。


好きな絵

このクールベ展で、私が特に惹かれたのは、代表作『波』(1870年頃)の連作のなかの一点と、『エトルタ海岸、夕日』(1869年)、『雪景色』の三点です。

まず、『波』の連作についてですが、クールベは1869年から70年にかけて、波に焦点を絞った同じ構図の作品を数多く残しています。今回は、そのうちの二点が展示されていました。

海の風景画の中でもただ波だけに焦点を絞ったこれら波の連作は、逆巻く波の透明感あふれる質感と、白く荒々しく泡立つしぶきなど大胆な描き方で、そこから波の音や潮の香りまで運ばれてくるような迫力です。

私が子どもの頃、初めて海水浴に行って海を見たときの感情、海の果てしない大きさと深さと、不思議さと怖さが、ここに描かれた波にすべて凝縮されているように感じました。

二枚のうち一枚は、画面の半分以上を空が占めていて、穏やかな雲が描かれているので、やや安心感があります。

しかし、私が好きなのは、より波に近づき、同時に青空に灰色の雲が覆い始めているもう一枚の絵の方です。

クールベ『波』 1869年ギュスターヴ・クールベ『波』 1869年

これから、暗雲がどんどん垂れ込めて波が荒れ始めるのではないかと思わず想像してしまうような高揚感があります。

クールベの描く波に圧倒されてしばらく佇んでいると、なんとなく葛飾北斎の、富嶽三十六景『神奈川沖浪裏』が思い出されました。美術史をあまりよく知らない私ですが、ふと教科書で目にした浮世絵が浮かんできたのです。

油絵と浮世絵との違いはありますが、波に肉薄する画家の眼に共通するものがあったからでしょうか。

19世紀中頃からヨーロッパに起こったジャポニズムの機運から、少なからずクールベが北斎の波に影響を受けているのではないかとする説もあるようです。

好きな作品の二点目は『エトルタ海岸、夕日』です。

クールベ『エトルタ海岸、夕日』 1869年 ギュスターヴ・クールベ『エトルタ海岸、夕日』 1869年 

この作品は1869年の夏から秋にかけて、クールベがエトルタ海岸に滞在して描いた数十点に及ぶ海の風景画の中の一点です。

当時、多くの画家が手がけたアヴォルの門という断崖を題材に描いていますが、この作品ではその断崖は左手に、むしろ海に沈みゆく夕日をメインに描いています。

オレンジ色の夕日が海と一体になったとき、空や雲との境目が渾然とした広がりをもち、ピンクや金色に染まった海面がなんとも美しく描かれています。

そして、断崖に寄せる青と白の小波とのコントラストも映え、波の連作とは違った穏やかで美しい海の一面が伺えます。

その色合いと雰囲気は、どことなくモネの『印象、日の出』を彷彿とさせ、クールベがのちの印象派にも多くの影響を与えたことがよく分かる作品です。

次のブースに、このアヴォルの門も含め、同じノルマンディーの海岸風景を描いたモネの作品も展示してあるので、その影響がさらに分かりやすくなっていました。

三点目は、クールベが描いた動物画の中の『雪景色』という作品です。雪の森の中に佇む四頭の鹿が描かれています。

クールベ『雪景色』 ギュスターヴ・クールベ『雪景色』 制作年不詳

クールベが描く雪の白さは当時から定評があったようですが、この絵の雪の白さも、黄みや青みなど多彩な色使いで描かれています。

画題は『雪景色』で、もちろん季節は冬。しかも森閑とした場面なのに、冷え冷えとした印象はなく、どことなく温かみを感じる絵です。

中央に描かれている鹿は親子でしょうか。よく観ると一頭がすくっと首をもたげ、こちらを注視しています。

実際に見たものしか描かないというクールベが狩猟に出かけて出くわした光景かもしれません。クールベは一定の距離を保って、この親子を観察しています。

対峙するでもなく、溶け込むのでもなく、ただ静かに見守っているクールベの温かい眼差しを感じます。

周囲から聞こえるのは、ささっと枝から滑り落ちる雪の音だけ。そんな雪景色にすっかり魅了されてしまいました。

図録

クールベ展 山梨県立美術館クールベ展 図録

クールベ展の図録には、山梨県立美術館だけでなく、今回巡回する広島、東京会場で展示される絵画も併せて掲載されています。

私がもっと見たかった、山梨以外で展示予定の『波』の連作も掲載されていました。

図録の内容は、展示会場の順番とは違い、基本的に年代順にまとめられています。

さらに時代背景、画家の人生などについても専門家の詳しい解説が載っています。


興味深かったのは、稲賀繁美教授(国際日本文化センター・総合研究大学院大学)が引用した、クールベが初めて海を描いた作品『パラヴァスの海岸』でした。

絵には、大海原に向かって帽子を振りかざし手を挙げている画家自身も描かれていて、クールベの素直な驚きがよく表現されています。

初めて海を目にしたこの驚きは、同じ山国育ちの私には、とても共感できる感情でした。

22歳のクールベは、次のような手紙を両親に送りました。

「私たちはついに海を、地平線のない海を見ました(これは、谷の住人にとって奇妙なものです)」

このときの感動こそが、のちに海の風景を描き続け、彼の代表作を生み出す原点となったのです。

また、裕福に生まれ育ったクールベがどうして社会主義に傾倒して行ったのか、疑問に思っていましたが、図録の解説で背景がよく分かりました。

あらためて、「山国育ちの反逆児が出会った海」の展示の副題も納得することができました。

画集もそれほど出版のないクールベだけに、貴重な図録。

絵画鑑賞に先入観はない方がいいと考える人もいるかもしれませんが、図録を一読した後の鑑賞はより一段と深みを増し、画家自身に迫ることができるような気がします。

ABOUT ME
なえ
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山梨生まれ山梨育ちのおばちゃん(おばあちゃん)。セカンドライフ。地元山梨の色々な場所を巡りながら感想やおすすめ情報などを書いていきたいと思います。巡るのはまず美術館、それから酒蔵やダムなども考え中です。