野沢温泉村散策〜動く歩道「遊ロード」とカモシカ〜
動く歩道「遊ロード」
長野県北部に位置する野沢温泉村に行ったときのこと。散策した際に通ったスポットが、温泉街を登りきった高台にある動く歩道「遊ロード」です。
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遊ロードは、全長288メートル、所要時間は約10分で、野沢温泉街と日影ゲレンデの間を無料で往復できます。かつては、スキーシーズンのみの運行だったようですが、今はほかの季節でも期間限定で運行しています。
開業は1994年、屋外の動く歩道としては日本初の登場だったそうです。
本格的な秋が始まった9月下旬、温泉街に宿泊した翌日、「遊ロード」を利用して日影ゲレンデまで散策することにしました。
オフシーズンの平日だけあり、周囲に人影はなく貸切状態です。
階段を上がっていくと、遊ロードの入り口に着きます。人が歩道に近づくと動き出す仕組みになっています。
ベルトコンベアのような歩道はだいぶ傾斜がついていて、覗いてみると近未来的なトンネルのようで、人影はないし、白昼とは言え、少し不安になりました。
入口横の管理室を見ると、係りの人が一人詰めてくれていました。
切符のようなものはなさそうなので、軽く会釈をして歩道に乗り込みます。管理室には監視カメラもあったので、途中の安全もきっと確認してくれているでしょう、そう思っただけでほっとしました。
歩道は、乗るとゴーゴーと結構な音がします。手すりにしっかりつかまっていないとバランスを崩しそうです。スキーヤーは板を持って乗るのだから大変だな、と思いました。
慣れてくると、周りの景色を見る余裕が出てきました。ドームの歩道には、透明の窓がついていて、換気のためか、所々開いています。
遊ロードの動画撮影
開いている窓から、秋本番の訪れを告げる涼風が流れてきました。
傍を山道が通っていて、時折、畑や墓地が見えてきます。この歩道がなければスキーヤーは板を抱えてこの山道を登るのかと思ったら、遊ロードを行くよりもっと大変だったなと、思い直しました。
歩道は、中継地点があって踊り場から安全ネット越しに外が眺められるようになっています。
程なく、終点の日影駅に到着。目に飛び込んできたのは、遊園地のような遊具で、そこは親子連れでスキーに来ても子ども達が楽しめるようなスポーツ公園になっていました。
スポーツ公園横には、インフォーメーションセンターがあり、宿泊施設やレストランなどが並んでいます。
まだ、早い時間帯なのか、季節外れだからか、ほとんどの店が閉まっていました。仕方なく、開いているインフォーメーションセンターで案内を手にしました。
資料によると、野沢温泉スキー場にはゲレンデやコースが36もあり、初心者から上級者向けまでレベルに合わせてコースを選べるとのこと。
さらにスキーだけでなくスノーボードの教室も子どもから大人まで、プライベートレッスンも含め種類も豊富。
ゲレンデでなく自然そのままの雪山を滑走するというバックカントリーツアーなど色々な企画もあり、家族連れから本格的なスキーヤーまで雪山を満喫できるスキー場になっているようです。
また、グリーンシーズン(スキー場のオフシーズンをこう呼ぶのだと初めて知りました)も楽しめるようにと、サマースキーだけでなくキャンプやウォーキング、自然の植物を素材にしたクラフト教室など、色々なイベントも企画しています。
やっと登ってきたと思った遊ロードの終点の日影駅はまだまだ入り口で、たくさんあるスキー場へ出発する起点のうちのひとつでした。
ここから有料のゴンドラリフトでさらに上に行くと、上の平高原が広がり、湖やキャンプ場もあるとのこと。さらには別の長坂ゲレンデから、ゴンドラとリフトで野沢温泉村最高峰の毛無山(1650m)まで登れるそうです。
毛無山は360度の眺望で、長野や新潟の山々だけでなく、なんと晴れた日には遠く日本海まで望めるとか。
遊ロードで少し怖気付いていたことも忘れ、頂上まで登ってみたい衝動にかられました。
残念ながらこのときは新ゴンドラの工事のため、ゴンドラは運行中止。さすがに何の準備もなく歩いて登山するのは無理なので、ここから上に行くのは断念することにしました。
まもなく2020年冬には、世界最新の機種の「新長坂ゴンドラリフト」が完成。また2021年夏には「上の平ピクニックガーデン」もオープン予定のようで、スキーをしない私たちは、もっぱらグリーンシーズンを楽しみに、また来てみたいなと思いました。
センターの裏側には、舗装した道路があり、実は車でここまで来れることを知って少し拍子抜けがしました。この辺りにもペンションなど宿泊施設も多々あり、スキー三昧したい人はここまで車で来ることができるようです。
遊ロードは、下の温泉街に泊まる観光客がゲレンデに登って行くためだけでなく、上に宿泊しているスキーヤーが温泉街に疲れを癒しに降って行くためのものでもあったのです。
ゴンドラも乗れないし、まだ早い時間帯でカフェも開いていないので、日影駅の周りをぐるりと回って再び遊ロードに乗って帰ることにしました。
帰りは、歩道に乗るにもすっと足を踏み出すことができ、周りをキョロキョロする余裕も出てきました。
そうは言ってもやはり傾斜はかなり急角度。しっかり手すりにつかまって互いに「足元気を付けて」と声を掛け合いました。
遊ロードには相変わらず人影もなく、私たちもその後は無言で、動く歩道のかすれた音だけがドームの中に響いていました。
ちょうど中継地点を過ぎてすぐのところでした。
窓から見える鬱蒼とした木々をぼんやり眺めていた私の視界に、黒々としたものが入ってきました。明らかに周りの木々の深緑色とは違うもの。黒い灰色の毛並みの質感まで感じ取れました。
何やら動物のようです。
目を凝らし、「あれ何」と思わず声をあげました。開いた窓から外にもその声が漏れ聞こえたのか、動物も一瞬でこちらを振り向きました。
慌てて手すりから手を離し、バランスをとりながら、スマホのシャッターを切りました。
初めて見る動物です。
こちらも驚きましたが、きっと動物も驚いたのではないでしょうか。
遊ロードがゆっくり下っていくなかで、私たちはその動物に見送られる格好となりました。
「何だろう、鹿かな。イノシシではなかったよね。」「もしかしたらあれはカモシカじゃないかな。でもカモシカって、こんなところにいるの。」
などと初めて見た動物の話で、会話が盛り上がり、あっという間に終点に着いてしまいました。
興奮冷めやらぬ私は、管理事務所の人にお礼を言うのと同時に、スマホの写真を見せて動物の正体を確かめました。
「ああ、これはカモシカだよ。」
やはりカモシカだったか、とその正体に納得。しかし、いとも簡単に答えた係りの人の返事に、それほど珍しくないことなんだという雰囲気が感じられ、よく現れるのですかと重ねて尋ねてみました。
「そうだね、よく出てくるよ」
「でも、畑やお墓もあるのに山道でばったり遭遇しても大丈夫ですか」と聞いたら、「カモシカの方が人間を怖がって近づかないから大丈夫だよ」とのこと。
人間も、ここではあまり驚かさず静かに見守っているのだと思いました。
特に遊ロードは囲われているので、なかから人間が近づいてくることはできないと、カモシカも安心して食べ物を探しにきていたのでしょう。
あとで調べたら、カモシカは、正式にはニホンカモシカと言われ、特別天然記念物に指定されていました。
意外なことに鹿の仲間ではなく牛の仲間とのこと。
以前は、絶滅危惧種とされていましたが、手厚く保護された結果、現在では数も随分増加しているようです。
スキー場として有名な野沢温泉村。
今回、私たちが訪れたのは冬ではないグリーンシーズンとしても少し時期が外れた、秋口でした。
これから山々は紅く色づき、白い雪が舞い始め、あっというまにずんずん積もり、本格的なスキーシーズンが始まります。
湯気が立ち昇る温泉街の頂上に、人工的に作られた遊ロードは、さらにその上の手付かずの自然の宝庫へと誘う、まるで地上と地階を繋ぐタイムトンネルのようでした。
そんな遊ロードに乗って、今度はその先の新しいゴンドラリフトで、野沢温泉スキー場のグリーンシーズンを満喫したいと思います。